掲載記事・報道

目次

【報道される】

『埼玉新聞』(2015.06.05)/県会議員93人の横顔 県民目線の議会改革

『埼玉新聞』(2014.12.06)/県制作の冊子62ヶ所に誤り、知事、県会で謝罪

『埼玉新聞』(2014.12.06)/そろばんで認知症予防

『埼玉新聞』(2013.06.18)/SCに準ずる者選考を

『日本学校心理士会埼玉支部 埼玉支部ニューズレター』(2013.06)

『朝日新聞』(2013.06.18)/入試の数学難しすぎ?

『埼玉新聞』(2013.06.18)/正答率0.4%の難問

『埼玉新聞』(2012.12.08)/アフガニスタン人へ講義

『埼玉新聞』(2012.09.29)/旧労働会館の跡地利用は

『埼玉新聞』(2012.09.29)/県観光業行政事業2社に委託集中 知事「疑念残らぬ対応を」

『朝日新聞』(2012.09.29)/県の観光PR大手任せに疑問の声

『高知新聞』(2012.04.11)/馬路村農協などを埼玉県議団が視察

『埼玉新聞』(2012.03.08)/統廃合の高校校歌 CDで永久保存

『埼玉新聞』(2011.03.01)/アスベスト対策本腰を

『埼玉新聞』(2011.01)/県、功績の顕彰検討 「旅立ちの日に」作詞 秩父の小嶋さん

『埼玉新聞』(2010.12.09)/内部通報制度の検証を

『埼玉新聞』(2007.10.03)/視覚障害者の教員採用は

『埼玉新聞』(2007.10.03)/田村、浅野目、小野氏が登壇

『日本経済新聞』(2007.10.03)/震災時の県災害対策本部 議会棟に設置も検討 知事表明

『埼玉新聞』(2007.05.26)/議会改革へ対立軸築く

『埼玉新聞』(2006.11.01)/現職と新人、4人の争い

『毎日新聞』(2000.02.02)/どう打開する 合併協議4市1町本番インタビュー

『産経新聞』(2000.02.01)/上尾市長選立候補者の横顔

『毎日新聞』(2000.01.14)/上尾市長選候補者の横顔

『朝日新聞』(2000.01)/上尾市長選・候補者の訴え

『毎日新聞』(1999.11.14)/浅野目市議出馬を表明(上尾市長選)

『東京新聞』(1999.11.14)/来年2月の上尾市長選 浅野目市議が出馬表明

『朝日新聞』(1999.11.14)/浅野目市議が正式出馬表明

『読売新聞』(1999.11.14)/浅野目市議が立候補を表明

『埼玉新聞』(1999.11.11)/上尾市長選 浅野目氏出馬へ

『埼玉新聞』(1999.10)/2000年首長選展望

『朝日新聞』(1996.12.02)/汚染厚生官僚 権益確保 政治も一役

『夕刊フジ』(1996.11)/厚生省大汚職 橋本政権と茶谷

『読売新聞』(1996.08.07)/自民、茶谷氏を擁立 浅野目氏「無所属でも出馬」

『読売新聞』(1996.07.05)/自民・浅野目氏、社民・深田氏方針固め、候補出そろう

『さいたまグラフ』(1996.06)/ここに人あり 第35代上尾市議会議長

『東京新聞』(1996.01.23)/若さ生かし個性的な市を

『毎日新聞』(1991.09.23)/市責任明確化求め付帯決議

『読売新聞』(1989.09.20)/部長級ら46人が出頭北上尾駅贈収賄

『埼玉新聞』(1989.09.19)/試行的に臨時採用の方針聴覚障害者雇用で

『日本経済新聞』(1987.01.01)/突っ走る新人類 不思議の国動かす

『毎日新聞』(1986.05.30)/見つめる選挙 若者はいま 若手上尾市議が若者対象に居酒屋で開く勉強会

『新自由』(1985.04)/浅野目市議の追及に成果

『毎日新聞』(1985.03.19)/外国人指紋押捺拒否県下の自治体で初上尾の「告発せず」方針

『埼玉新聞』(1985.03.19)/指紋押捺拒否 上尾市長も告発せず国に法改正要求へ 全国4番目、県内初

【報道される】

『埼玉新聞』(2015.6.5)/県会議員93人の横顔 県民目線の議会改革

 浅野目義英氏(57)
 民主・無所属の会③・浦和区
 「議会の中を刷新しないといけない」と県民目線の県政改革を訴える。元小学校教員の経験もあり教育問題や県庁周辺のにぎわい創出、防災などに取り組み、トップ3選を果たした。
 波乱万丈の政治人生を歩んできた。全国最年少25歳で上尾市議初当選。4期務め、期間中には37歳の全国最年少議長に就任した。41歳で上尾市長選に落選し、7年間の浪人生活を送った。予備校講師、鮮魚店でも働いた。「政治の現場に戻りたい」という思いはずっとあった。2004年から武正公一衆院議員の政策担当秘書を務め、07年県議初当選。「武正さんに拾ってもらった」と感謝する。
 10歳年上の上田清司知事とも親交は深い。法政大弁論部の先輩、後輩であり、政治家としての原点に上田氏との出会いを挙げた。大学時代は上田氏と共に全国各地の仲間の選挙活動に奔走。「上田さんとの出会いが大きかった」。目標とする政治家だ。


『埼玉新聞』(2014.12.06)/県制作の冊子62ヶ所に誤り、知事、県会で謝罪

 県が作製、無料配布した冊子「幻想百物語埼玉(歴史編)」(22ページ)に62カ所の誤り、78カ所の修正があったことについて、上田清司知事は9日の県議会で「(作製段階で)税金ということで、自分のお金でないから、安易な気持ちがどこかにあったのではないか。誠に申し訳ありません」と謝罪した。浅野目義英議員(民主・無所属)の一般質問に対する答弁。
 県などによると、幻想百物語は県が持つ魅力を発掘するとともに、県内外に発信することを目的として作製。歴史編のほかに妖怪編(5万部)と開運編(2万部)、動画(47本)もある。2011、12年度の事業で、全てJTB関東法人営業埼玉支店(さいたま市大宮区)が受託した。委託料は約2300万円。
 歴史編は県のイベント開催時や希望者に無料で配布したところ、歴史愛好家からの指摘により、誤りが発覚したという。例えば、戊辰(ぼしん)戦争で敗れた新選組局長の近藤勇が新政府軍に出頭した場所が、流山市(千葉県)ではなく、越谷市と記述。秩父夜祭の笠鉾(かさほこ)が笹(ささ)鉾、年が特定されていないはずの大和朝廷の国土統一が350年などとなっていた。
 JTBの費用負担により、新たな歴史編を作製している。


『埼玉新聞』(2014.12.06)/そろばんで認知症予防

【浅野目義英議員】
【質問】
 国の推計で2012年時点の認知症高齢者は軽度を含め約462万人。予備軍とされる軽度認知障害の約400万人を加えれば、65歳以上の4分の1が該当する計算だ。認知症には何より防止が重要。その方法としてそろばんの活用を提案したい。効用について「そろばんは脳の活性化や集中力の強化に役立つ」と言及する科学者が多くいる。今月27日には「全国珠算競技大会」が浦和で開催される。昔ながらの習い事、そろばんが再び脚光を浴びている。認知症予防としてそろばん活用を検討できないか。

【鈴木福祉部長】
 認知症の完全な予防方法はまだ分かっていないが、バランスの取れた食事と運動、人との関わり、脳への適度な刺激などにより認知症のリスクを減らすことができるのではないかといわれている。例えば脳を活性化するゲーム、読み書き計算、昔のことを語り合う回想法などがある。お話のそろばんも指先をさまざまに動かして玉を弾くため、脳への刺激を与える有効なツールになると考える。県は13年度から市町村向けに高齢者同士で楽しみながら活動できるメニューを紹介する体験型介護予防研修事業を実施している。この事業の中で、そろばんを取り上げることを含め今後、具体的な活用方法を検討していく。


『埼玉新聞』(2013.06.18)/SCに準ずる者選考を

【浅野目義英議員】
【質問】
 2001年度から設置事業が始まったスクールカウンセラー(SC)について聞く。県内全ての公立中学校、一部の高校、各教育事務所などに配置され、学校への派遣回数も増えてきた。文科省のSC活用実施要領には、日本臨床心理士資格認定協会の認定にかかる臨床心理士、あるいは心理臨床業務または児童生徒を対象とした相談業務について経験を有する者、いわば「SCに準ずる者」と記載されている。県は臨床心理士のみの採用を一貫して続けているが、その考えは。

【前島県教育長】
 文科省の要領には、臨床心理士などの資格を要件とするSCと、相談業務の経験年数などを要件とする「SCに準ずる者」の2種類が規定されている。準ずる者は、制度導入当初、SCが不足する場合の措置であったことから、県は臨床心理士の資格を持つSCを採用してきた。不登校やいじめの早期発見、未然防止といった観点からSCに対するニーズはますます高くなっている。文科省の要領が09年度から見直され、11年2月には「SCに準ずる者」の積極的な活用について通知があった。今後、優れたSCを確保し、児童生徒の多様な心の問題に対応するため、SCに準ずる者の活用も積極的に検討していく。


『日本学校心理士会埼玉支部 埼玉支部ニューズレター』(2013.06)

0701_1th.jpg


埼玉県スクールカウンセラーの採用改善について
日本学校心理士会埼玉支部副支部長 新井邦二郎

 平成7年開始の旧文部省委託事業(平成13年から補助金事業)である各都道府県・政令都市のスクールカウンセラーに、臨床心理士と同様に学校心理士を採用して欲しいとの願いは、平成9年の学校心理士認定の開始以来、学校心理士資格者の誰もがずっと抱き続けてきたものです。当初から長い年数、学校心理士は、このスクールカウンセラー事業から全くと言ってよいほど除外されてきました。しかし、社会的評価の徐々に高まる学校心理士などを無視することもできなくなり、平成21年に文部科学省は臨床心理士や大学教員、医師以外の資格者を「スクールカウンセラーに準ずる者」(準スクールカウンセラー)として採用できる道を開きました。これは、学校心理士にとって確実に一歩前進でした。しかし、その後まだ都道府県によっては「準スクールカウンセラー」の採用に門を閉ざすところが多く、また採用があっても臨床心理士などの「正規スクールカウンセラー」に比べ「準スクールカウンセラー」の報酬金額は低く抑えられています。時給比較すると、多くのところで「正規スクールカウンセラー」は5000円代で「準スクールカウンセラー」は3000円代。なかには青森県のように正規が6000円で準が2900円のように半額以下のところもあります(平成25年実績)。
 埼玉県はお隣の東京都と並んで、これまでスクールカウンセラーは臨床心理士のみを採用し学校心理士などの資格者にはいっさい採用の門を閉ざしてきました。このような状況を改善すべく、本年の6月に埼玉県議会で次のようなやりとりが有りました。

浅野目義英議員(民主・無所属)の質疑質問】(一部抜粋)

・財務省の調査票によれば、スクールカウンセラーの配置校における問題行動の減少率は、未配置校のそれを若干上回っているものの、「今後はさらに大きな成果を上げていくための方策を検討することが課題」とあります。また、興味深いことですが、「スクールカウンセラーに準ずる者を多く活用している自治体において、大きな事業成果を上げている例がみられる」と言い切られています。加えて、平成23年2月3日に文部科学省初等中等教育局児童生徒課長から都道府県指導事務主管課長へ発せられた文書には、「幅広い人材の活用や配置等を行えることになっており、事業計画書などの提出に当たっては、その趣旨を踏まえ、スクールカウンセラーに準ずる者についても積極的な活用を願います」とあります。
 財務省も文部科学省も、(1)の臨床心理士さんのみを採用している実態への警鐘を鳴らし、(1)のみの選考では効果があまり上がらないと述べ、(2)のスクールカウンセラーに準ずる者の採用と活用を促しています。生徒、児童の心の課題を解決するための専門家は、実はたくさんいらっしゃいます。学校カウンセラー、学校心理士、キャリアカウンセラー、教育カウンセラー、認定カウンセラー、臨床発達心理士などです。そもそもスクールカウンセラーは、何のためにいるかをよく考えるべきです。
 虐待、貧困、いじめ、学力不振などで誰にも話せず、光を求め、心に苦しみを抱いている生徒、児童が今多くいます。心の扉を開いてあげられる、抽象的に言えば、その子に寄り添い励まし、行く手を示してあげられる人物が採用されなければならないはずです。本当に重要な仕事です。困難な状況に立ち向かい、確実な成果を上げるために、一つの団体の資格者だけに独占させず、さまざまな資格者の総合力で対応すべきと考えますがいかがでしょうか、教育長からの答弁をいただきたいと思います。


『朝日新聞』(2013.06.18)/入試の数学難しすぎ?

0701_1th.jpg


 公立高校入試の数学問題が難しすぎるのではないかと、17日の県議会一般質問で取り上げられた。学力低下が叫ばれる中、ちょうどいい難易度とは…。

 県教委によると、今年の数学平均点は、42.4点で全教科の平均(55.1点)を下回り最低だった。前年も36.5点と県の予想(50点)に届かず、最も高い国語の平均点と20点以上もの開きがあった。
 浅野目義英議員(民主)は「正答率0.4%という問題もある。受験生が手も足も出ない問題は公立高入試としてふさわしいのか」と問いだたした。
 これに対し、前島富雄教育長は「数学の解答はすべて記述を求め、深く思考してほしいというメッセージと込めている。平均点は昨年より上がっており、中学校での指導が浸透してきた結果だ」と答弁。一方、上田清司県知事は「選抜試験とはいえ、中学生の日々の努力が報われる問題であるべきだ。意義のあるご指摘で、(県教委)事務局にしっかり対応するように伝える」と答えた。
 公立高入試について、学校現場には、「合計点が5教科200点から500点に引き上げられた2010年度の入試改革から全教科、とりわけ数学の難易度が顕者になった」という声がある。埼玉高教組は「難問ばかりだと、白紙回答が増え、正確な学力が測れない」として平易化を求めている。
 これに対し、「(入試改革で)自校作成問題ができなくなり、応用問題を課すことで真の学力をみたいという思いはある」と明かす進学校の進路担当教諭も。
数学の問題について、進学塾「栄光ゼミナール」の横田保美公報室長はこう見る。「関数と図形に重きを置く歯応えのある問題。ただ解くには一定の練習量が必要で、中学の授業時間内でこなすのは容易ではない」
 長野県では昨年の公立校数学入試で過去最低の平均点を記録。試験場で泣き出したり体調を崩したりする生徒が続出し、県教祖が抗議する事態が起きた。


『埼玉新聞』(2013.06.18)/正答率0.4%の難問

0701_2th.jpg


昨年の高校入試の数学

 昨年3月に実施された2012年度県公立高校入学試験で、数学の問題で正答率が0.4%しかない設問があったことが17日、県議会の浅野目義英議員(民主・無所属の会)の一般質問で明らかになった。上田清司知事は答弁の中で、「日々真面目に努力している中学生が報われるような試験問題であるべきだ」との考えを述べた。
 県教育局によると、0.4%だったのは質問3の(2)で2次関数に関する問い。約4万6千人の受験生のうち、約200人しか正解できなかったことになる。設問4の(2)は無答率が69.5%だったという。同局は「手の込んだ問題だったが、0.4%の正答率は低すぎる」と率直に話した。
同局の12年度の数学の予想平均点50点に対し、実際の平均点は36.5点。5教科(国語、社会、理科、英語、数学各100点)の中で最も低かった。
13年度も数学については予想平均点50点に対し、実際の平均点は5教科で最も低い42.4点。
前島富雄教育長はわずかながら平均点が上昇したことについて「中学校において思考力、判断力、表現力を身に付けさせる指導が浸透してきた結果とも考えている。今後も研究を深め、質の高い良い問題の作成に努めていく」と答えた。


『埼玉新聞』(2012.12.08)/アフガニスタン人へ講義

0701_1th.jpg


◇アフガニスタンの国家機関に勤務する職員21人が7日、さいたま市浦和区の県議会議事堂や県危機管理防災センターを視察した。浅野目義英県議(民主・無所属の会)から議会や都道府県の機能、地方自治体の在り方について講義を受けるなど、日本への関心を高めた様子だった。
◇JICA(国際協力機構)の青年研修事業として19日まで日本の行政機関を視察し、研修を受ける。同センターでは県職員が最新の防災システムを紹介、東日本大震災発生時の状況を聞き、屋上のソーラーシステムも見学した。
◇8日以降は内閣府や東京証券取引所などを視察する予定。東京都の水道サービス事業についても学び、国会議事堂を見学、大野元裕参院議員(民主・埼玉選挙区)の講義も受ける。


『埼玉新聞』(2012.09.29)/旧労働会館の跡地利用は

0929_1th.jpg


浅野目義英氏
(民主・無所属、さいたま市浦和区)


【質問】
旧労働会館(さいたま市浦和区)の解体について地元住民は騒音、振動対策やアスベスト撤去方法に不安を持っており、解体工事に係る協定書の締結を希望している。
住民の不安を少しでも解消するべきだ。また県から同市へ投げ掛けた解体後の跡地利用について約2年もの時間が経過したが、同市から明確な回答が出ていない。跡地利用が決まらないと住民の不安は払しょくできない。
例えば来館用の駐車場がない県立近代美術館用の駐車場として活用することも考えられる。再度、県での活用を検討してみては。

【倉上総務部長】
解体工事に当たっては住民に丁寧に説明するとともに万全の体制を整え工事を行う。住民説明会を適宜開催し、作業時間や騒音、振動対策やアスベストの撤去方法などについて文書で知らせる。解体後の土地活用は公的な活用を最優先と考えている。住民からは同市に対しコミュニティー施設として活用してほしいとの要望が出されている。

3月に開いた県と市の企画調整会議であらためて市に提案し、現在その後の検討状況を確認しているところだ。「近代美術館の駐車場に」との提案についてはすみやかに調査を行い、同市で活用が見込めない場合には公的活用策の一つとして検討する。


『埼玉新聞』(2012.09.29)/県観光業行政事業2社に委託集中

0929_3th.jpg


知事「疑念残らぬ対応を」

 県の観光行政委託事業が社団法人・県物産観光協会と大手旅行代理店の2者に集中している状況について、上田清司知事は28日の県議会で民間参入による発信力向上などのメリットを指摘する一方、公平性の観点から「疑念が残らないように今後はしっかり対応したい」と受注機会の拡大に努める考えを示した。
浅野目義英県議(民主・無所属)の一般質問に答えた。

 観光課によると、2者が占める3年間の委託事業割合は、2010年度が61.3(旅行代理店38.3、物産観光協会23)%、11年度が72.1(同40.9、同31.2)%、12年度が47.5(同28.6、同18.9)%。浅野目県議は「特定法人、企業を厚遇しているのではないか」とただした。。

 松岡進産業労働部長は「最近3年間の観光事業は、緊急に雇用を確保する必要性がある雇用基金事業多かったことや、観光事業の特殊性から企画コンペによる事業社選定が多い傾向にあった」と、特定2者に委託事業が集中する傾向になった背景を説明。
「今後、企画提案競技の実施に当たっては極力公募型とし、提案内容を練る期間も十分取って、参加者がより充実した独創的内容を提案できるよう配慮していく」と述べた。(沢田稔行)


『朝日新聞』(2012.09.29)/県の観光PR大手任せに疑問の声

0929_2th.jpg


県議会で質問 県、実績強調しつつ改善姿勢

県の観光PRを大手業者に頼るべきかどうか―――。28日の県議会で、こんなテーマが取り上げられた。

本会議の一般質問で、浅野目義英議員(民主党・無所属の会)が、「訪れたい観光地」をめぐる民間調査で、埼玉県が47都道府県のうち40位台に低迷していることを紹介。
そのうえで、2010~12年度の県の観光予算計約7億8千万円のうち8割以上は情報誌の発刊など業者への委託事業費に充てられていると指摘。
さらに半分以上は大手旅行会社など2社が占めており、業者委託で効果があるのか疑問を投げかけた。

これに対し、上田清司知事は、「大手のアイデアにより、気が利いたパンフレットも増えている」と反論。松岡進・産業労働部長は、鉄道で県内をめぐる「鉄ぐる事業」など委託事業の実績をあげた。

ただ、県側も今後はPRの担い手を広く募り、独創的なアイデアが実現できるように取り組むと強調した。


『高知新聞』(2012.04.11)/馬路村農協などを埼玉県議団が視察

umaji.gif


【中芸】埼玉県議会議員団9人が10日、安芸郡馬路村を訪れ、馬路村農協の視察や、上治堂司村長との意見交換を通し、地域活性化策などを探った。同村への視察は多いが、県議団は珍しいという。
上治村長が特産のユズや木材加工を軸にした振興策を説明。ゆずドリンク「ごっくん馬路村」を例に、加工品の販売戦力を紹介し、県議らは広報戦略のポイントなどを尋ねていた。

農協では職員から「ごっくん馬路村」の生まれた経緯などの説明を受けると、盛んに質問を投げ掛けたり、カメラで室内を撮影していた。母親が高知市出身という山川百合子県議は「商品のキャッチコピーや広報戦略など、学ぶべき所が非常に多かった」と感心していた。


『埼玉新聞』(2012.03.08)/統廃合の高校校歌 CDで永久保存

cdp.jpg


 県教育局の県立高校再編整備計画に基づき統廃合された高校の校歌が、CDなどのデータとして永久保存され、卒業生らに貸し出す見通しとなった。

上田清司知事は7日の県議会・予算特別委員会で「いろんな保存方法を考え、同窓会などに簡単に貸し出しできるようにしておいた方がいい」と述べた。

浅野目義英議員(さいたま市浦和区)の質問に答えた。
 県教育局は1999年度から2013年度をめどに、前中後期の3段階で県内公立高校を153校から135~133校程度に整備する計画を立てている。
これまで秩父東、行田女子、上尾東、吉見、菖蒲、北川辺、毛呂山などが統合対象となった。統合された高校の中には、日本を代表する著名な作詞家や作曲家の校歌もあるという。
行田女子は「故郷」や「春の小川」で知られる岡野貞一氏、毛呂山は「見上げてごらん夜の星を」で有名ないずみたく氏がそれぞれ作曲した。
美空ひばりの「東京キッド」を作詞した藤浦洸氏は秩父東の校歌を手掛けた。

上田知事は「データベースできちっと残し、いつでもアクセスできるようにしなければならない。同窓会をするにも演奏があるのとないのでは盛り上がり方が違う。高名な作詞、作曲家の手によるものだというのを県としても誇りにし、アピールする。県教育委員会もきちっとやっていただきたい」と答弁した。
 再編整備計画により、10年度までに13校が新校として開校しており、13年4月には幸手商業と幸手の統合による幸手新校(仮称)など5校が開校する。


『埼玉新聞』(2011.03.01)/アスベスト対策本腰を

県、功績の顕彰検討

浅野目義英氏
【質問】
昨年、県が実施した再生砕石製造事業所への立ち入り調査で13事業所の保管場所からアスベスト含有建材が確認された。
もはや再生砕石にはどこでも同建材が混入しているという認識に立つべきだ。
国土交通省の資料によれば、アスベストを含む可能性のある民間建築物の年度別解体棟数は平成30年には約6万棟、
ピークの平成40年には約10万棟の解体が見込まれている。
これまで以上にこの問題に本腰を入れなければならない。
アスベスト混入の再生砕石撤去の指針などはあるか。

【星野環境部長】
これまでのアスベスト混入防止対策の徹底とともに、関係業界に働き掛け、解体現場や再生砕石製造事業所における
自主的な取り組みを図る管理マニュアルづくりを進めている。
アスベスト含有建材混入の再生砕石を撤去するかどうかの判断基準を示す指針は現在ない。
アスベストには環境基準が設定されていないため、その設定を国に要望しているところ。
現状では、現場周辺の大気環境中のアスベスト濃度の測定を行い、
その値が平均的な大気中の濃度と変わらないことを確認することで判断している。
今後とも国に対し明確な基準設定を強く要望していく。


『埼玉新聞』(2011.01)/県、功績の顕彰検討 「旅立ちの日に」作詞 秩父の小嶋さん

県、功績の顕彰検討

 県は28日、卒業式で広く歌われている「旅立ちの日に」を作詞した元秩父市立影森中学校校長の
故・小嶋登さん(秩父市出身)の功績を顕彰する考えがあることを明らかにした。
 浅野目義英県議(民主党・無所属の会)の一般質問に対し、上田清司知事が答えた。

浅野目県議は「『旅立ちの日に』が、全国の中学校の音楽教科書に掲載されている」と強調。
「県内、全国の中学生がこの歌を学んでいる。卒業式で一番歌われている。
秩父市は『ふるさと文化賞』を贈り、政府も陛下の名で『従六位・瑞宝双光章』を贈ることを決めた。
県や県教委に、顕彰する動きがないのは残念」と述べた。

 上田清司知事は「どういう形で顕彰したらいいか。しっかり検討した上で、しかるべき顕彰なり表彰なりをしたいと思っている」と答えた。
「旅立ちの日に」は20年前、同中学校で誕生した。
同校で音楽教諭を務めていた高橋(旧姓坂本)浩美さんから
「3年間一緒に頑張った卒業生に世界に一つしかない歌を贈りたい。歌詞をつくってほしい」と依頼されたのがきっかけ。
後輩たちに歌い継がれ、全国に広がった。
 小嶋さんと高橋さんは2008年、埼玉新聞社制定の埼玉文化賞(社会文化部門)を受賞している。
小嶋さんは今年1月20日、急性心筋梗塞のため、80歳で亡くなった。


『埼玉新聞』(2010.12.09)/内部通報制度の検証を

内部通報制度の検証を

浅野目義英氏(民主党・無所属の会、さいたま市浦和区)
【質問】
県教育委員会は教職員が不正行為などを発見した際に通報できる公益内部通報制度を2006年4月から設けたが、1年間の通報はゼロ。07年4月に規定を改正し、外部(弁護士)に指定通報窓口を新設、通報者のプライバシーを守るなどの体制の整備を図った。だが受理件数は07年度と08年度はともにゼロ、09年に1件という実態。検証する必要性を強く感じる。制度の機能発揮へ向けた方策についてどう考えているか。

【島村教育長】
制度を正しく理解させ、十分機能させていくには教職員への周知についてさらなる工夫が課題となる。まず公益通報の理解を深め、通報の対象となる事実が狭く解釈されないよう、教職員向けの広報リーフレットを見直す。具体的には制度の目的を踏まえ、教職員は対象となる事実があれば通報すべきこと、通報者は必ず保護されることを、より分かりやすく表記する。通報の対象となる事実は組織的な不正に限らず、教職員の法令などに違反する行為全般について、対象事実を例示する形で示すことが必要。校長会や職場研修の場を通じ一層の周知を図っていく。


『埼玉新聞』(2007.10.03)/視覚障害者の教員採用は

20071003s.jpg

 浅野目義英氏(民主党・無所属の会、さいたま市浦和区)
【質問】
失明して現在県立盲学校で勤務する先生がいる。
もともと中学校の教員で、グラウンドを生徒と走り回るような先生だった。
網膜剥離(はくり)で視力を失ったが、普通校で再び教壇に立ちたいと希望を持っている。
「普通校では環境が整わないから働けない」という姿勢には納得できない。
県が塙保己一の業績を顕彰していることもあり、全盲となった教師でも普通学校で教えることの道筋をつけるべき。
教員採用試験について視覚障害者の採用状況は。

【知事答弁】
県ならびに市町村教委は、面倒くさがらず多くの人たちにチャンスが与えられるよう取り組んでほしい。

【島村教育長答弁】
現在、視覚に障害がある教員は高校二校に各一人、盲学校に十七人勤務している。
(伊奈学園総合高校の)数学の担当教員の場合、円滑に授業を行うことができるよう、点訳された教科書を使い、ほかの教諭とのチームティーチングを行っている。
人事配置については加配教員など人的支援を整える必要があり、市町村教委と協議し、受け入れ態勢を整える必要がある。


『埼玉新聞』(2007.10.03)/田村、浅野目、小野氏が登壇

20071003_2s.jpg

【県会一般質問】
九月定例県議会は二日、一般質問二日目を迎え、田村琢実(自民、さいたま市見沼区)浅野目義英(民主党、無所属の会、さいたま市浦和区)小野克典(刷新の会、桶川市北足立郡伊奈町)の三氏が登壇。
田村氏は「災害拠点病院」、浅野目氏は「視覚障害者の教員登用」、小野氏は「救急医療体制の整備」について質問した。
一般質問三日目は三日午前十時から。和田浩(自民、飯能市)森岡洋一郎(民主党・無所属の会、春日部市)石渡豊(公明、上尾市)の三氏が登壇する。


『日本経済新聞』(2007.10.03)/震災時の県災害対策本部 議会棟に設置も検討 知事表明

sc0710/20071003_2s.jpg

首都直下地震対策として埼玉県の上田清司知事は二日、老朽化した県庁舎の耐震補強工事が終わるまでは、発生した場合の災害対策本部を暫定的に県議会の議会棟に設置することも検討したいと表明した。
防災拠点としての県庁舎は、議会棟を除く全庁舎で耐震強度が不足、「極めて脆弱(ぜいじゃく)と認識している」と述べた。
県議会で浅野目義英議員(民主)の質問に答えた。
県の本庁舎は建ってから五十年以上が経過、震度6強以上の地震では、〇.三未満だと危ないとされる強度の指標で、〇.一六しかないという調査結果が出ている。
各庁舎を結ぶ「渡り廊下」はさらに危険との指摘があるが、耐震診断はしていないという。
予算上の制約などから建て替えは断念し、二〇一〇年度までに補強工事をしてしのぐことになっている。
ただ県の職員からも「補強工事で本当に大丈夫なのか」「どうせ将来は建て替えなければならず今やった方がいい」との声もあがる。
庁舎のうち県議会の議会棟だけは一九八三年に完成し、耐震性に優れている。


『埼玉新聞』(2007.05)/議会改革へ対立軸築く

県、功績の顕彰検討

浅野目義英氏(48)
 県中枢の浦和区で、新人ながら自民現職を抑えてトップ当選。「政権交代に向け、地方から一里塚を築くことができた」。納得の笑顔を見せる。
 選挙期間中は「議会改革」を前面に打ち出した。二十二人に増えた党県議団で政策調査会副会長に就任。「これまで議会に緊張感が乏しかったのは事実。行政の独走を許さず、対立軸を示していくのが民主の役割」と言う。
 三大公約に「命」「誇」「緑」を掲げた。「児童虐待問題をはじめ、今、改めて命の大切さが問われている」。自身の長男も超未熟児で生まれ、半年間保育器で育っただけに実感がこもる。
 誇りと風格ある都市づくりもテーマ。「埼玉には顔がないといわれる。だれでもイメージできるような街にしていきたい」と語った。


『埼玉新聞』(2006.11.01)/現職と新人、4人の争い

20061101_saitama.jpg


ともに二期目を目指す自民・荒川岩雄(六七)と無所属・村上昭夫(六三)の現職二人に、
民主・浅野目義英(四八)、共産・伊藤岳(四六)の新人二人が挑む。

浅野目の動きが活発で台風の目になりそう。

前回のトップの荒川はまだ目立った動きこそないが、
今後、複数のさいたま市議と連動しながら保守票を中心に票固めを図る。
村上は民主の推薦を得る意向もあったが、無所属にとどまった。

前回は民主を含め非自民票の多くを取り込んだだけに、浅野目が出馬すれば激戦が予想される。

浅野目は上尾市議を四期十六年、議長も経験した。
秘書を務めた武正公一衆議院議員(民主、埼玉1区)は浦和区で強く、武正票の取り込みが鍵。
前回次点だった伊藤は二〇〇三年、〇五年の衆院選にも出馬、票の上積みを目指す。


『毎日新聞』(2000.02.02)/どう打開する 合併協議4市1町本番インタビュー

unknow_saitama.jpg

 上尾市議 浅野目義英氏(41)

□なぜ、四市一町同時でなければならないのですか
先行合併すれば三市の圏域に人、モノ、情報が集中するとの危惧がある。
上尾には一部上場の日産ディーゼル工業の本社や上場企業の支店も多い。
これらの本支店が雪崩をうって三市に移転するのではないか。
そうなれば上尾は経済的にも、政治的にも街づくりが衰退する。
合併特例法の住民発議も全国でいち早く取り組んだ。
いま、上尾は盛り上がっている。この熱意を放棄できない。
上尾市議会は時代を的確にとらえ情勢判断する。
新しい時代をつくり上げることは議会の使命だ。

□合併は相手がある話。熱望しても浦和市民の上尾との合併希望は五・四%しかありません
県民の意識は南行性(東京への中央指向)。北方に対しては薄いから気にはしていない。
そもそも都市はその街の風土と伝統に基づいたアイデンティティーの確立を目指して運営している。
だから本来的に合併希望は生まれてこないし、合併を指向する街づくりはあり得ない。
しかし、生活活動圏域は単体では立ち行かないという事実がある。
ここから合併という話になるが、いかに共同の生活圏域にするかが課題だ。
そうするには、そこに閉じこもっていては限界があり、風穴が空けられない。
親近感は多分に個々人のイメージの問題で上尾は大宮にはあっても浦和には地勢的につながりがないのだから当然薄い。

□その意識をどう乗り越えますか
顔がなく味もない街をこれ以上つくっていいのか、ということだ。
県外の話だが、バッハホールだの一度も使われない美術館だのが各所に建つ。
新聞はやゆするが、これを埼玉は九十二(市町村)ヵ所でやっている。
顔のある街づくりへの挑戦が必要だ。
京都、広島、仙台などには顔があるが、浦和と大宮では顔がない。
二十年近いYOU And Iの歴史がある四市一町が理にかなっている。

□懸命に市民に訴えていますが、市長が参加していませんね
約八十団体で構成する上尾市合併・政令市推進会議で市民へのビラ配布をしている。
市長は参加していないが、市議会三十一人中、推進協議会の二十五人は一枚岩だ。
執行部をチェックするのが議会の役割。地方公共団体の最高の意思決定は議会で行われる。
執行と乖離(かいり)はないようにするが、市長とニュアンスの違いがあることは事実だ。

□昨年の五、六月ごろ浦和との非公式の場で二段階で上尾を担保してもらえるなら、と話されていますが
一考に値すると話した。しかし、非公式でもあるし当時と情勢が変わった。
マスコミ報道などで四市一町同時の機運が盛り上がってきている。
自主的要因があったということだ。幕末に黒船が来た時に世論は開国には向かわなかった。
しかし、受け入れる土壌があったのとおなじだ。
浦和は二段階を主張するが、二段階なら無理に入れてもらわなくていい。
浦和の市民意識で一刀両断にされるのは不本意だ。
一つひとつ積み重ね重大な時代への挑戦をしてほしい。


『産経新聞』(2000.02.01)/上尾市長選立候補者の横顔

unknow_sankei.jpg

 浅野目義英氏(41)

「新世紀直前だから、古い政治勢力を一掃し、選挙自体を変えなければいけない」と意気込む。

昭和三十三年、東京生まれ。昭和四十年に上尾に移り住んだ。上尾高校を卒業後、法政大に進んだ。
そのころから政治に興味を示し、昭和五十八年、上尾市議に全国最年少の二十五歳で初当選。
市議四期目には市議会議長に就任。昨年の市議選を回避して、市長選への挑戦となった。

「今の市政は、市民一人に約五十万円の借金を抱えさせている。
 一刻も早く、この財政危機を再生させたい」と現市政を批判する。

政令市問題では、
「今の社会は市域感覚は捨てるべきだ。浦和、大宮、与野の三市合併に乗り遅れないために、
 四市一町政令市のワク内にきちっと入れることが市民生活に最も適している都市像」と公約。

妻と一男一女の四人家族。好きな言葉は「奇蹟」。


『毎日新聞』(2000.01.14)/上尾市長選候補者の横顔

20000202_mainichi.jpg


「4市一町政令市の圏域が最も適した都市像。上尾は都市圏の一翼を担うべきだ」と合併・政令市問題に積極的だ。
「浦和、与野に何も発言してこなかったのはリーダーとして失格」と現職を痛烈に批判する。

大学時代に全国弁論大会で2位に入賞するほど雄弁な理論家。
子供のころから地方の政治家になるのが夢で、学生時代に新自由クラブへ入党した。
25歳で全国最年少市議として上尾市議に初当選。さらに4期目で全国最年少の市議会議長も務めた。

市議時代、在日外国人の指紋押捺問題や放置自転車の海外リサイクル活動に取り組む一方、議会運営の改革にも貢献した。

前回の衆議院で自民党から候補者の打診を受けながらも、
後に厚生省汚職事件で逮捕された落下傘候補に公認をさらわれ、悔しい思いもした。

出馬の動機を急増した借金財政の再建を第一に掲げ、
「新世紀直前に古い政治や組織、団体を一掃し、政治に変化を」と、「上尾再生」を訴える。


『朝日新聞』(2000.01)/上尾市長選・候補者の訴え

20000201_asahi.jpg

 浅野目義英氏(41)

合併協議を進めている浦和、大宮、与野三市と、上尾市、伊奈町を「すでに都市融合している」とみる。

「一刻も早く市境を取り払い、四市一町で合併することが必要だ」

二十五歳で市議に初当選し、合併問題に長くかかわってきた。
それだけ、この四年間に市長を務めた新井弘治氏への評価は厳しい。
三市が先行合併の協議を始め、上尾が合併できるかどうかという点については含みが残る。

「市長として四市一町による合併を模索すべきだった。浦和や与野に対し、上尾の意向を何も発信していない。
 今年度は、合併のための事業経費がゼロだった」と指摘する。

財政再建も公約の一つ。一般会計の市債残高は昨年度末、約六百億円。四年前の約二倍だ。
「市長は『前任者が始めた事業の借金』と説明するが、自身も借金を新たに重ね、対策をとらなかった」とみる。


『毎日新聞』(1999.11.14)/浅野目市議出馬を表明(上尾市長選)


 任期満了に伴う来年2月の上尾市長選に、同市議の浅野目義英氏(41)が13日、同市内のホテルで開かれた市政報告会で出馬を表明した。現職の新井弘治市長(62)が9月定例議会で再選出馬を表明しているほか、共産党も候補者を模索中だ。
 浅野目氏は、市会議長や上尾市政令都市推進協議会長などを歴任。現在、市議4期目で、4市1町の政令市問題に積極的な自民クラブに所属している。
 支持者約120人を前に浅野目氏は「市の借金は1000億円を突破した。後世への負担はだれが取るのか」と現市政を批判したうえで、「上尾の政治を一刻も早く良くし、21世紀の幕開けのためにも皆さんのご支援を」と決意を述べた。


『東京新聞』(1999.11.14)/来年2月の上尾市長選 浅野目市議が出馬表明


 来年2月の上尾市長選
 上尾市議で元議長の浅野目義英氏(41)=四期目=は十三日、同市内のホテルでの「市政報告会」の中で、任期満了に伴う来年一月三十日告示、二月六日投票の同市長選に立候補することを表明した。
 同市長選には、現職の新井弘治氏(62)が九月議会で再選を目指して出馬を表明したほか、共産も候補擁立に向けて検討している。
 浅野目氏は市の財政問題について「新井市長は借金を増やした」としたほか、浦和・大宮・与野の三市が合併してできる新市に、伊奈町とともに加わる「四市一町政令市構想」については「四年間で全く前進していない」と、現職批判を展開。「早く今の政治状況を打破したい」と話している。


『朝日新聞』(1999.11.14)/浅野目市議が立候補を表明


 上尾市議の浅野目義英氏(41)は十三日、来年二月六日投票の市長選に立候補する考えを明らかにした。同氏は後援会の集会で「再選を目指している新井弘治市長時代に、市の借金が大幅に増えた。大宮市などとの合併問題でも、市長の積極的な意思表示がない」と述べ、健全財政の確立、合併の積極推進を掲げた。市長選には、新井氏が立候補表明しているほか、共産党も擁立を検討している。


『読売新聞』(1999.11.14)/浅野目市議が正式出馬表明


 上尾市長選
 来年二月六日に投開票される上尾市長選に、同市議の浅野目義英氏(41)が十三日、立候補することを正式に表明した。
 同市長選では、今年九月に現職の新井弘治氏(62)が再選を目指して立候補することを明らかにしている。


『埼玉新聞』(1999.11.11)/上尾市長選 浅野目氏出馬へ


 上尾市議の浅野目義英氏(41)は十日までに、任期満了に伴い来年二月六日に投・開票が行われる上尾市長選に出馬する意向を固めた。十三日に上尾市原市のホテルで行う「市政報告会」で正式に出馬を表明する予定。
 同市長選には現職の新井弘治氏(62)が九月定例議会の一般質問に答えるかたちで既に出馬を表明、共産も候補者の擁立に向け検討している。
 現在、浦和、与野、大宮市の間で進められている合併協議では「三市合併成立後、上尾市、伊奈町の意向を確認の上、二年以内を目標に政令指定都市へ移行する」という合意が成立している。市長選では「四市一町政令市」の是非そのものを問う争いはなさそうだが、政令市問題で上尾市、伊奈町の意向が焦点になっており、政令市実現へ向けた候補者の対応の違いが関心を呼びそうだ。
 新井市長は今年八月に市内各種団体の代表者約二百人を集め合併・政令指定都市問題の経過説明会を開催。その場では「四市一町での政令市が必要最低限の枠組み」としながらも、「上尾が条件整備しなければ吸収合併で終わってしまう。ただの数合わせだけに上尾が使われてはいけない」と発言。
 浅野目氏は新井市長に対し、「政令市問題で新井市長はこの四年間、何もしていないのに等しい」と批判、政令市問題に積極的に取り組む姿勢で選挙を戦うとしている。
 浅野目氏は現在四期目。議長などを経験している。正式な出馬表明は十三日午後から行われる市民公開の市政報告会の中でするとしている。


『埼玉新聞』(1999.10)/2000年首長選展望

20000114_saitama.jpg


前回、保守を二分する激しい戦いの末、現職を破った新井弘治市長(六三)は昨年九月議会で出馬表明。
これに対し元市議会議長の浅野目義英氏(四一)が十一月に出馬を表明した。

新井市長は現在まで自民党県連、上尾市医師会、JA上尾支部をはじめ地元経済界、
文化団体など九百五十を超える団体の推薦を取り付け万全の態勢を敷く。

浅野目氏は「団体、企業に頼る選挙形態を変えたい」と二、三十代を中心とした「次世代市長の会」を立ち上げ、
同組織を中心に駅頭立ち、チラシ配布、数人規模の座談会を精力的に行っている。
このほか共産党が候補者擁立に向け、人選作業を進めている。

今回の選挙戦は昨年六月、三市(浦和、大宮、与野)が合併推進協議会で
「新市設立後、上尾、伊奈の意向を確認のうえ二年以内を目標に政令市を実現する」
との内容で合意したことから、上尾市の意向を占う意味で注目されている。

新井市長はこれまで政令市参加への市政が消極的との指摘もされていたが、
それに対し十二月議会で遺憾の意を表明。「今後は四市一町政令市実現に向け積極的に発言していく」と答弁。

一方、浅野目氏は
「新井市政の四年間、政令市問題は何も進んでいない」と批判を強めるなど、四市一町政令市実現の旗色を鮮明にしている。

同問題に反対の共産がまだ具体的に候補者を決めていないこともあり、
政令市問題は注目されているにもかかわらず争点になりづらい状況となっている。


『朝日新聞』(1996.12.02)/汚染厚生官僚 権益確保 政治も一役

19961202_asahi.jpg



「茶谷って、だれだ」「薬害エイズで評判の悪い厚生省の官僚では、若い人の票が集まらん」

衆院埼玉六区の公認候補をめぐる自民党上尾支部の話し合いは、
厳しい雰囲気で始まった。七月下旬のことだ。

のちに特別養護老人ホーム建設をめぐる収賄容疑で逮捕される厚生省の茶谷滋元課長補佐(三九)と、
浅野目義英・上尾市議会議長(三八)。名乗りをあげた二人を対象にした調整はこの会合から本格化した。
「知名度を考えれば有利」。浅野目氏はそう読んだが、展開は違った。

相談にいった福永信彦氏ら地元の自民党国会議員らからは一様に、
「六区の票の半分は上尾市だ。市長の支援を取り付けて来い」と説かれた。
小選挙区制で狭くなった分、地元の首長が重みを増す。
しかし、新井弘治市長は浅野目氏に、「選挙をやる体力があるのか」とそっけなかった。

新井市長は実は、有力県議を通じて自民党国会議員らに、
「意中の人物」として茶谷容疑者の名前を伝えていた。
上尾市には茶谷容疑者への収賄容疑で逮捕された
小山博史容疑者(五一)のグループの複合福祉施設が完成間近になっていた。

2週間で公認調整
「茶谷さんが埼玉県の課長に出向していたころ、市長が関係している福祉施設の認可で骨を折ってくれた。
 『いい人だ』と市長は言っている」そんな説明を県議から聞いた、

ある国会議員は「市長が世話になっているなら強い。厚生省関係の団体の支援も得られる」と思った。

岡光序治厚生省事務次官(当時)に確かめると、「よろしくお願いします」という答えが返ってきた。
調整劇は二週間で幕が下りる。八月上旬、公認は茶谷氏に決まった。
十月の選挙本番では、厚生省に関係が深い医師会、薬剤師会の動きがめざましかったといわれる。


『夕刊フジ』(1996.11)/厚生省大汚職 橋本政権と茶谷

unknow_fuji.jpg


自らの“秘蔵っ子”として埼玉に茶谷容疑者を送り込んだ岡光氏の影響力をうかがわせる内容だが、
岡光氏自身の名がひんぱんに登場するのは、選挙の前哨戦。自民党の公認を取り付ける戦いだった。

激しく党の公認を争ったのは「日本一若い市議会議長」として知られる
浅野目義英・上尾市議会議長(三八)と、茶谷容疑者だ。

浅野目氏は、自民党の福永信彦代議士の後ろ盾を得、二十五歳で上尾市議に初当選。
三十八歳の若さで議長を務め、地元での知名度は茶谷容疑者をはるかにしのいでいた。

党公認候補は上尾支部で決めることになっていたが、調整は難航。
浅野目は知っているが、茶谷って誰だ」の声も市議の間から出て紛糾した。

水面下での公認一本化工作も進まず、今年七月には、上尾市内の市議宅で茶谷容疑者と浅野目氏が会い、
直接対決するシーンもあった。その場にいた市議はそのときの模様をこう話す。

「会議は夕方五時から六時間に及びました。『絶対にあんたを応援することはない』と
 浅野目氏側が突っぱねたのに対し、茶谷容疑者は二、三言話しただけ。
 印象的だったのは『私はハメられたんですね』とボソッといったことでした」

茶谷容疑者は、平成四年四月から昨年三月まで埼玉県高齢者福祉課長。
その時期、小山容疑者の社会福祉法人が運営する特別養護老人ホームには補助金三十億円以上が支給された。

うち上尾市内の特養ホーム分は十億円以上。
上尾市は「茶谷容疑者が自分にとって有利な所と考えても不思議はない場所」(関係者)のはずだった。
加えて自民厚生族に通じる岡光氏の顔、補助金で太った小山容疑者の金があれば、すべてが順調に進むはずだった。
「それが選挙区にきてみると知名度抜群の若者(浅野目氏)がいて思うようにいかない。
 それが『ハメられた』という一言に表れたのではないか」と市議の一人はいう。

思うようにいかない選挙区の動きに慌てたのは岡光氏も同じ。
七月中には、茶谷容疑者と、その選対会計責任者、県議らが厚生省に岡光氏を直接訪ね、
公認決定にまつわるゴタゴタを報告させられたという。

結局、支部では最後まで結論が出せず、党県連の裁定で八月六日、茶谷容疑者を公認候補に決定。
茶谷容疑者は同月、厚生省を退職して選挙に臨んだ。

落選は、公認争いが尾を引き地元が一本化できなかったためという。
茶谷、小山両容疑者、そして岡光氏の凋落はここから始まった。
いや、関係者によれば警視庁の内定はすでに一年前から始まっていたというから、
茶谷容疑者の「ハメられた」は逮捕に至る今の事態までを予測してのものだったかもしれない。


『朝日新聞』(1996.8)/自民、茶谷氏を擁立 浅野目氏「無所属でも出馬」

asahi6819s.gif


 自民党六区(上尾、桶川市など)支部は六日、役員会代表者会議を開き、次期総選挙六区に元県高齢者福祉課長で
厚生省年金局企画課長補佐の茶谷茂氏(三九)を同党公認で擁立することを決め、同党県連(松永光会長)に推薦した。
これを受け、県連も同本部に対し公認申請を行う方針だ

 一方、同じ選挙区で同党から立候補の意思を明らかにしていた上尾市議会議長の浅野目義英氏(三八)は
「挑戦する意思は変わらない」と述べ、無所属でも出馬する意欲を示している。

 茶谷氏は、九十二年四月から昨年三月まで、県高齢者福祉課長を務め、現在、大宮市在住。

 同党では六区で、すでに決定していた候補予定者が今年一月、出馬を取りやめたことで、新たな立候補予定者を模索していた。 このため、地元市議らから支持を受けていた浅野目氏と新井弘治・上尾市長や地元選出県議らが推す茶谷氏を巡り
一本化のための調整を重ねてきたが不調に終わっていた

 六区では、現職の若松兼維氏(新進)と新人の深田肇(社民)、高村雅子(共産)の両氏が、すでに立候補を表明している。


『読売新聞』(1996.07.05)/自民・浅野目氏、社民・深田氏 方針固め、候補出そろう

199607.jpg


 次期衆院選の埼玉六区(上尾、桶川市など)で、上尾市議会議長の浅野目義英氏(三八)が四日、自民党公認で立候補する意向を固め近く同党に公認申請する。
 一方、社民党県連合(瀬谷英行代表)も同選挙区で深田肇・前参院議員(六四)を擁立する方針を固め、十五日にも同県連合常任幹事会で正式に決定する。
 六区では、新進党の現職若松謙維(四〇)、共産党の新人高村雅子(四九)の両氏が立候補を表明しており、自民、新進、社民、共産の各党の候補予定者が出そろった。
 六区では、自民からの出馬を表明し準備を進めていた藤木孝男氏が今年一月、出馬を取りやめたため、同党県連が、新たな候補予定者を模索していた。
 浅野目氏は八三年、上尾市議に初当選し現在四期目。今年一月から同市議会議長。
 一方、社民党県連合は、すでに深田氏の擁立方針を明らかにしており、選挙区について県連合内で調整を進めてきた。

 深田氏の住居のある浦和市を含む一区か同党の選挙地盤が比較的強い六区が候補に上がっていたが、連立与党としての立場から、自民現職の候補予定者がいない六区での出馬を決めたと見られる。
 深田氏は、党中央執行委員などを歴任し、現在、党組織局長。八九年の参院選で九十七万票を集め初当選したが、昨年七月の参院選で落選していた。


『さいたまグラフ』(1996.06)/ここに人あり 第35代上尾市議会議長

199606_saitama.jpg

 第35代 上尾市議会議長 浅野目義英

「私に与えていただいた使命を一時も忘れることなく、上尾市の未来のため、
 心を熱くしながら、全国最年少議長の名に恥じない仕事を、成し遂げていきたい」と、議長就任に当たり決意を語る。

「小学生の時にジョン・F・ケネディ大統領や明治の代議士田中正造のことを知り、
 自分も政治家になりたい」との決意が二五歳で上尾市議会議員として結実。

地元の上尾高校から法政大学社会学部を卒業。
自由な校風として知られる法政大学時代から新自由クラブで活動し、
卒業後は桶川市の小学校教諭を経て、被選挙権を得て初めての上尾市議選に挑戦。

選挙につきものの「地盤、看板、カバン」の何もなかったが、
上尾高校時代の仲間などが応援し、若者の共感を呼び見事に当選。

以来、四回連続し、平成八年一月九日臨時市議会で全国最年少の議長に就任した。
その間、平成四年から総務常任委員会委員長、六年から議会運営委員会委員長なども経験しており、
最年少といえども経験は豊富である。

上尾市長も新井氏が就任し、市政の方向付けもこれからであるが、
当面の課題は、四市一町の合併、政令指定都市問題であり、議長としてのリーダーシップをどう発揮するか注目される。

「大宮市との交流を行ってきたがさらに浦和、与野両市との議会とも話しあっていきたい」と、
合併問題に積極的な態度を示す。三七歳の若い力での政治改革と新時代の上尾の街づくりに期待がかかる。


『東京新聞』(1996.01.23)/若さ生かし個性的な市を

19960123_tokyo.jpg

 浅野目義英さん

二十五歳で上尾市議に初当選して依頼、四回連続当選させていただき、今月から議長に就任いたしました。
三十七歳の議長は県内の自治体では最年少で、たぶん全国でも最も若い議長だろうと聞いていますが、
これからもその若さを生かして個性的で元気な上尾市をつくるため行動し続けたい、と思っています。

初めて政治家というものを意識したのは、上尾市立尾山台小学校六年の時、
国語の授業で明治の代議士田中正造のことを学んだ時でした。

足尾銅山の鉱毒が川を汚染し、数十の村を荒廃させた「足尾鉱毒事件」で、
農民の先頭に立って惨状を訴え続けた田中正造。
彼の生き方は、人のために働くことの大切さを教えてくれました。
そして「私も政治家になろう」と決意したのです。

大学時代から新自由クラブで活動し、卒業後、桶川市の小学校教諭となりましたが、
一年後の昭和五十八年三月に辞職。その年十二月、被選挙権を得て初めての上尾市議選に立候補しました。

「地盤、看板(肩書き)、カバン(資金)」の何もありませんでしたが、
若い仲間が集まって、まるで文化祭か体育祭のように元気に選挙を盛り上げてくれました。
そんな仲間のおかげで当選することができたのです。

県内最年少市議となってからは、年齢が離れた他の議員との感覚にギャップに失望したこともありましたが、
積極的に一般質問に立って改革を訴え、その実現に努めてきました。質問項目もこれまでに百を越えました。

昭和六十年には在日外国人指紋押捺制度廃止に向け
「拒否者がでても告発しない」旨の市長見解を、全国の自治体でも四番目に引き出しました。

また、「坂や通りの愛称保全」のための愛称標記ポールの設置や
放置自転車のアフリカやアジアの国への寄贈なども実現させることができました。

議会の当面の最重要課題は、四市一町による合併・政令指定都市問題です。
私自身は随分前から、ハクオリティー社会を築くためには、これを推進すべきだと考えてきました。

何かを作ろうと思っても上尾市だけでは財源に限界があり、負債は膨らむばかりです。
しかも、隣の大宮、与野、浦和の三市が合併しようという時に、
自らその傍らにひっそりと咲く花への道を選ぶべきではないと思います。

合併問題はことしが正念場。昨年は大宮市との交流を本格化させましたが、
ことしは浦和、与野両市の議会とも話し合いの場を持ち、実現に向けて精一杯頑張るつもりです。(上尾市在住)


『毎日新聞』(1991.09.23)/市責任明確化求め付帯決議

19910923_mainichi.jpg


上尾市が、デパート館の売却に伴って経営危機に陥っている
同市の第三セクター「上尾都市開発」(社長、荒井松司市長)に無利子の融資をすることに対し、
同市議会総務委員会(浅野目義英委員長)は四日間にわたる審議の末に、
最終日の二十二日、市の責任を明らかにすることなどを求める異例の決議を付けて可決。本会議も可決した。

市側は当初、
「上尾都市開発の借入金及び利子に相当する額から
 保証金収支及び減価賠償費に相当する額を差し引いた額」の融資案を示した。

しかし、委員の間からは「額を明示しておかないと、融資が際限なくふくらむ恐れがある」などの指摘があった。
このため市は二十二日「(同社の)借入金二十二億七千八百七十万円及びその利子に相当する額」を融資の基準にする訂正案を提示した。

これは可決されたが、デパート館を議会などへ何の相談もなく売却し、
市民に約二十二億円の負担を掛けたことは重大な過失であり、責任を明らかになどを求める五項目を決議した。


『読売新聞』(1989.09.20)/部長級ら46人が出頭北上尾駅贈収賄

19890920_yomiuri.jpg


上尾市議会九月定例会一般質問初日の十八日、先月初め、
市の現職課長が逮捕される事態に発展したJR「北上尾駅」建設をめぐる贈収賄事件が取り上げられた。

その中で県警の求めに応じて出頭した市職員の人数や、
押収された書類の内容など、市役所に対する操作の具体的な内容が明らかにされた。

浅野目義英議員(新政ク)の質問に答えたもので、答弁によると、
出頭に応じた職員は部長級六人、次長級三人、課長級十一人を含めて計四十六人で、出頭回数は延べ二百十四回に上った。

また書類は「北上尾駅イチコー関連事業買収一覧表」「北上尾駅建設成同盟会補助金」など
直接容疑事実に関連すると思われるもののほか、贈収賄のイチコー工業が入札の際に裏工作をしたとうわさされた
「総合福祉センター工事請負契約書綴」など計七十三点、百三十四冊が押収された。

事件発覚後の市の対応について、田仲治樹総務部長は、今月一日に各所属長(課長級)に通達を出したほか、
八日に「市網紀粛正委員会」(委員長・小池甫助役)設置し、汚職を生んだ原因と再発防止策を検討していると説明。

さらに浅野目議員が、広く市民に役所のあり方を知らせるという意味からも、
事件について広報誌などを通じて市民へ直接、説明することを求めたのに対して、田仲部長は
「事件の全容は市民に知らせるべきだが、まだ捜査が続行中なので、
 捜査の推移を見守りながら、ある段階で市民への周知の方法を考えたい」と答え、広報誌で釈明する方針を明らかにした。


『埼玉新聞』(1989.09.19)/試行的に臨時採用の方針聴覚障害者雇用で

19890919_saitama.jpg


上尾市は、聴覚障害者の「特別枠採用」について十八日、試行的に臨時採用(半年間)の方向をとり、
経過をみたうえで年次的に本採用するかどうか検討していく方針を打ち出した。

同日の市議会一般質問で、浅野目義英議員(新政クラブ)が市の考えをただしたのに対し、田仲治樹総務部長が答えた。

同市の場合、昭和五十一年身体障害者雇用促進法の制定に伴い、現在までに法定雇用率は達成されている。
しかし、中身は肢体障害者が中心で聴障者、視障者、車いすの人などは一人も入っていないのが実情。

このため、同市身体障害者福祉会(矢島敬一会長)から先月二十日付けで、市当局に職種を限定せず、
一般事務職として障害者の「特別枠採用」を即時実施してほしい- という上申書がだされていた。

田仲総務部長は
「聴覚障害者といっても、どういう人がくるのかはっきりしない段階では検討しにくい。
 市としては初めてのケースなので、採用後の経過を見た方がよいと判断。年度内に試行的に臨時採用したい」と話している。

なお、「別枠」採用については、所沢、坂戸、大宮市などが実施しているという。


『日本経済新聞』(1987.01.01)/突っ走る新人類 不思議の国動かす

19870101_nikkei.jpg


「小学生の時にジョン・F・ケネディや田中正造の話を教科書で読んで政治家になりたいと思ったんです」

それから十年余り。大学を卒業して被選挙権ができた二十五歳の年に浅野目さんは上尾市議選に出馬。
周囲の大人たちから猛反対されたが、地場、看板(肩書き)、カバン(資金)がモノをいう選挙戦で
「地元上尾高校出身をほとんど唯一の頼りに、千八百九十四票獲得して当選した。

着慣れない三つぞろいの背広に身を包んで出席した市議会は浅野目さんにとって一種の不思議の国だった。

冠婚葬祭への出席要請がやたらに多い。
議会活動の基本である一般質問に決して立とうとしない議員、
高齢すぎて一人で起立できない議員、年に八回もある「行政視察」・・・・・。

といってこうした大人たちのやり方をいきなりすべて否定しようというわけではない。

「私が議員をやっている意味は、彼らとは感性や価値観が違う人間がいるということを気づかせることだと思うんです」

浅野目さんが議会で取り上げた、古い坂や道の名称の復活が来年、市政三十周年の記念事業として実現する。
役所側はプロだから手ごわいが、熱意をもって説得すれば、動かせるというのが実感だ。

「まじめにやればわりと面白いクリエイティブな仕事だと思いますよ。なんでみんなもっと出てこないのかなあ」(あさのめ・よしひで)


『毎日新聞』(1986.05.30)/見つめる選挙 若者はいま 若手上尾市議が若者対象に居酒屋で開く勉強会

19860530_mainichi.jpg


国鉄上尾駅前の居酒屋。衆参同日選が確実になった二十四日夜、
十四畳の座敷には「勉強会」に来た若者でいっぱいだった。

高校生、大学生、公務員・・・出席者は十七歳から二十七歳までの若者。
上座に座った年配の講師の話を神妙に聞いていたが、懇親会でビールやジュースが出ると、とたんに元気が出た。出
席者の一人は「サークルみたいな軽い雰囲気でしょ」と笑った。

「土曜会」という。上尾市議の浅野目義英さん(二七)が若者の政治参加を目指し、二ヶ月に一度開く。

この夜、参加した桶川市の明大三年、重盛智さん(二〇)は
「政治に楽しく参加するには、無理をしないこと。全生活をかける必要はない」と淡々としている。

浅野目さんは五十八年十二月、上尾市議選に立候補、千八百九十四票を獲得し三十六人中二十五位で初当選した。
両親が離婚し、十八歳の時から一人きり。「小さな幸せ、身近なものを守るため上尾の議員になる」と心に誓った。
団地の一室で塾を開き、生計を立てながら大学へ通学、二十五歳になるとすぐ立候補した。

上尾高時代の友人が頼りの選挙。準備に入った時に十人が集まり、それぞれが自分の友人に支持を訴えた。
こんな運動が、若者の共感を呼んだ。「私にもビラを配らせて」「ポスターを張りたい」。
同窓生や近所の学生が集まり、お祭りのような運動になった。

投票日直前、支持者名簿は千四百人を数え、若者の名前が六割以上を占めた。
ダブル選挙を前に、二年半前の選挙の記憶がよみがえる。
和気藹々と運動する姿勢に、疑問を感じた人もいる。

「選挙の時だけ、浮かれて手伝うだけの人も多い」
浅野目さんと中学、高校時代からの親友で大宮市の公務員、大曽根亮さん(二七)は言う。
公務員の立場上、直接、選挙は手伝えなかったが、距離をおいて見ていた分、取りまく若者への目は厳しい。

楽しいから選挙に参加する人が多いのは、浅野目さん自身も認める。
これまでに集まった人の中で、まともに政策を尋ねたのは二人しかいない。
信頼されているのか、本当は政治に興味がないのか。
「わからないけど、どんな理由であれ参加するのが第一歩」と浅野目さん。

近づく同日選で、浅野目さんはある候補の選対本部に入る。
でも、自分の仲間に加わるよう呼びかけたりはしない。
若者の中には同調する人もいるが、別の候補を応援したり、全く選挙運動に参加しないなどさまざまだ。

明大生の重盛さんは「地元の埼玉五区に魅力はない」と、
東京・多摩地区の若い候補を応援に行くつもりだ。
「土曜会」で若者の議論は続く(24日、国鉄上尾駅前の居酒屋で)

◇若者たち◇
「社会活動には関心が薄く、現在の生活に満足している」。
県が六十年、二十歳以上の県民千五百人を対象にした世論調査でわかった二十歳代の若者の一面だ。
回答を各年代ごとに分析すると、「コミュニティー」という言葉を知っている二十歳代は、
全体の八〇・一%で三十~五十歳代の各年代と比べて最低。
社会活動に参加したことのある者も三一・四%で、三十歳代から六十歳以上まで全年代と比べても最低と、関心のなさが目立つ。
しかし、現在の生活への満足度は高く、一〇・九%が「十分満足」、五二・六%が「一応満足」と答えている。


『新自由』(1985.04)/浅野目市議の追及に成果

198504_shinjiyu.jpg


上尾市市議会三月定例議会で新自由クラブの浅野目義英市議は、
三月十八日、在日外国人の指紋押捺拒否問題にふれ、

「日本で日本人と同様に暮らしながら、十六歳になるや
 指紋の押捺を強要される違和感と屈辱感は大変なものがあると考える。
 指紋押捺の義務づけにいたずらに固執するのではなく、人権の配慮からも廃止するのが時代の要請であり、
 理にかなった措置と考えるが、市の基本的な姿勢はどうか。
 市で押捺拒否者が出た場合の対応を明らかにして欲しい」と問い質した。

友光恒市長は
「国際的な日本となってきた立場で、同制度は時代に沿うだろうかと疑問に思う」と答弁し、

拒否者に対し安易な強制はせず、告発もしない、との姿勢を明らかにした。

同制度に関しては川崎・町田・奈良市が「告発せず」の見解を示しており
上尾市は全国で四番目、県下では初の姿勢であったが、市長につめ寄った浅野目市議の手腕ぶりが各方面から注目された。

浅野目市議は市長答弁を受け
「よいことをよい、悪いことを悪い。とする市長の政治的見解を評価したい」と述べ一般質問をしめくくった。


『毎日新聞』(1985.03.19)/外国人指紋押捺拒否県下の自治体で初上尾の「告発せず」方針

19850319_mainichi.jpg


外国人登録法に基づく外国人の指紋押捺(なつ)制度の問題で、
友光恒上尾市長は十八日、三月定例市議会の一般質問に答え、
県下の自治体として初めて押捺拒否者を告発しない方針を示したが、
この方針に基づき、外国人登録事務を扱う同市市民課は、今後押捺の制度、告発は避けることにしている。

質問は浅野目義英市議(新自由クラブ)が行ったもので
「今年は外国人登録の切り替えの年。
 指紋押捺は本来必要ないと思うが見解はどうか」と、同市長の基本姿勢をただした。

これに対し、同市長は
「国際化時代を迎えている中で、時代にそぐわない制度だ。押捺拒否者が出ても即告発でなく、
 国に法改正を求めていくのがスジだと思う」と、押捺拒否者を告発しない基本方針を明らかにした。

同市市民課は
「今後窓口では現行法を説明し、理解を求めていく。
 しかし押捺を拒否しても、安易な強制や告発はせず、慎重に対処していくことになる」といっている。

同市には今月一日現在で三百三十一人の外国人が住んでいるが、同課によると過去押捺を拒否した外国人はいない。


『埼玉新聞』(1985.03.19)/指紋押捺拒否 上尾市長も告発せず国に法改正要求へ 全国4番目、県内初

19850319_saitama.jpg


上尾市の友光恒市長は、十八日の三月定例市議会で、
在日外国人の指紋押捺(おうなつ)拒否問題にふれ、

「あえて告発する必要はない。むしろ法律改正を国に対して要求すべきだ」との基本姿勢を明らかにした。

川崎市の伊藤三郎市長、町田市の大下勝正市長、奈良市の西田栄三市長の「告発せず」を支持したもので、
全国の自治体では四番目。県内では初めての表明として注目される。

友光市長は、新自由クラブの浅野目義英市議の一般質問に対する答弁の中で、市の基本姿勢として
「国際的な日本になってきた立場で、外国人登録の切り替え時に指紋をとって確認する制度は、
 今の時代に沿うだろうか。疑問に思う。私は反対である。あえて告発する必要はない。
 むしろ法律改正を国に対して要求するべきだと考える。十六歳になったらすべて指紋をとるという、
 こんなバカバカしい法律が生きていていいのか」と述べた。

市議会終了後、友光市長は
「窓口では、現行法を説明して理解を求めていくが、拒否者に対し安易な強制はしない。
 違反者が出ても告発はしない。国に法改正を迫っていく」と語った。

朝鮮総連県本部(康元周委員長)によると、県内の外国人登録者一万六千五百九十四人(昨年末現在)のうち、
韓国・朝鮮人は一万一千八百七十一人で、その大半を占めている。
今年が外国人登録法で定める登録証の大量切り替えの時期にあたることから、
このうち約半数の六千百四十三人が十月一日までに指紋押捺などの更新手続きをとる。
同日までに十六歳を迎え、初めて指紋押捺の義務が生じる高校生らは二百四十八人。

このため二月二十日には、県内に住む在日朝鮮人の中学生二人と高校生二人が、
畑知事に同制度の廃止について国に働きかけるよう九十五人分の反対署名を提出、
同知事は、国に対し廃止要請をしたい、と答えている。

なお、同問題については、川崎市長が二月二十三日、
町田市長と奈良市長が三月十三日にそれぞれ「違反者が出ても告発しない」ことを表明している。


logo_solo.jpg=====top_logo.gif

民主党・無所属の会(浦和区支部)〒330-0043 埼玉県さいたま市浦和区大東1-11-1-501
TEL:048-883-6560 FAX:048-881-0527 E-mail:y-asanome@gikai.pref.saitama.jp

Copyright (C) 2010-2014 YOSHIHIDE ASANOME. All rights reserved.
このサイト内の全てにおいて掲載の記事、写真などの無断での転載・使用を禁止します。